考える機械が現実味のある今読みたい1作【感想】ジャック・フットレル『思考機械の事件簿Ⅰ』

発表年:1905~1907年

作者:ジャック・フットレル

シリーズ:思考機械

 

   本書は日本で独自に編纂された≪思考機械≫が登場する短編集です。≪思考機械≫はもちろんあだ名で、本名はオーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼンといい、肩書きと本名を合わせればアルファベットのほとんどを使い切ってしまうというのは有名な話です。ということで少し調べてみました。

   Augustus・S・F・X・Van・Dusenそして≪思考機械(The Thinking Machine)≫さらに教授(Professor)と博士(Doctor)を使った残りは…B・J・L・Q・W・Zの6つでした。ほとんどねぇ…できればあと一、二文字くらい使って欲しかった気もしますが、まぁ長ったらしい本名と≪思考機械≫という一度聞いたら忘れない名前、そして印象的な口癖「2たす2はいつも4」だけでも、シャーロック・ホームズに負けない濃いキャラクターだということがわかります。

 

ではさっそく各話感想

≪思考機械≫調査に乗り出す

   なんと本書の第一作目はまさかの遺稿。作者のジャック・フットレルがタイタニック号沈没事故に巻き込まれ命を落としたことは有名な話ですが、本作を含む4つの短編だけはタイタニック号と共に海底へ沈むことは無かったようです。

   冒頭≪思考機械≫の由来や逸話が、語り手である≪わたし≫なる人物によって語られます。そこにはちょっとした推理物のエピソードが含まれ、ワトスン役の新聞記者ハッチが紹介されるなど、デビュー作ではありませんが本書の冒頭を飾るに相応しい一作です。肝心の本編に関してはあまり特筆すべきものはありません。事件の質・展開・探偵の動き全てに既視感があり、シャーロック・ホームズを超えるとまではいっていないと思います。

 

謎の凶器

   こちらも遺稿の一つ。タイトルどおり、不可思議な状況で殺された被害者たちの死因とその方法がメインの謎になっています。手がかりは正々堂々提示されていて、ある程度予想どおりなのですが、その具体的な方法がかなり奇抜で面白いです。ソーンダイク博士っぽい科学探偵の香りもします。

 

焔をあげる幽霊

   焔に包まれた巨人の幽霊が登場するストーリー自体は、エンターテインメント性が高く素晴らしいものがあります。ただトリックについては予想通りで、この方法を選んだ根拠がやや弱い気がします。

 

情報漏れ

   なんとこれも当時の短編集では未発表だったようです。凄腕資本家が≪思考機械≫に依頼したのは、自社に潜む企業スパイのあぶり出し。用いられるトリックが秀逸で良質です。

 

余分の指

   「指を切断してほしい」と医者にやってきた女性から始まり、奇矯な事件の香りがぷんぷんしますが、展開は正統派で予想しやすいでしょう。ある意味それがネックかもしれません。

 

ルーベンス盗難事件

   こちらも短編には王道の盗難事件。似たような方法は今まであったとしても、犯人の臨機応変さ・度胸には驚かされます。

 

水晶占い師

   用いられたトリックは興味深く、良く考えられていると感心させられるのですが、動機や犯人の論理性・説得性に欠けるのが惜しいところです。

 

茶色の上着

   秘密の隠し場所系の作品で面白いものには、なかなか出会えないのですが本作は名作です。トリックだけでも一読の価値はあります。

 

消えた首飾り

   トリックに関しては、やや陳腐な気もしますが、読み物としては面白いです。最後のオチのルパン感が好み。

 

完全なアリバイ

   準倒叙?っぽい作品。こういうのも書けるんだぞ、という作者の自信が伝わってきます。トリックはどうもリスキーすぎるきらいもあるが、現実的にはアリの部類に入るのではないでしょうか。

 

赤い糸

   決してロマンチックではありませんが、メロドラマっぽさは充満しています。トリックは時代ゆえやや古臭く感じますが、殺人の方法・密室のトリック・ホワイダニット、と楽しむ要素は十分そろっています。

 

まとめ

   創元推理文庫の「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」にはこれで半分ほど出会うことができました。全員が個性あふれるキャラクターと特殊技能で華麗に事件を解決してゆく様は爽快で楽しいです。さあ次は誰にしようか…

 

では!