ミステリな癖

   よく

「趣味は人間観察です」とか

「休日はカフェに行って人間観察してますね~」

などと言う人間と会う。

 

   何を観察しているんだ何を。とツッコみたくなる気持ちを抑え

「へぇ~そうなんだ、面白いね」

などと、当たり障りない返しをする。

   私の中で人間観察というのは、対象を行動や言葉を詳しく見、分析や解析などする行為だと思っている。アーサー・コナン・ドイルが創造した名探偵シャーロック・ホームズのように、人物の風来を見ただけで(実際には徹底的に観察している)、その人物の職業・習慣・素養がわかってしまうほどの驚異的な頭脳を持って初めて「人間観察している」と言えるのではないか。だから先日も職場の後輩Tが

「ぼくって人間観察好きなんですよね~」

とか言い出した時も「ふふん」としか思わなかった。

   話を進めていくと彼の言う「人間観察」は、他人の癖を探す、ということらしい。そういえば、ジョジョの奇妙な冒険で他人の恐怖のサインを読み取ることで対象を紙にしてしまう無敵のスタンドがあった。Tは限定的な恐怖のサインではなく、日常に隠れる個人の癖を暴くのが趣味なのだ。

   これは、限定的なシチュエーションで発見できるものではないため、なかなか難しいように思える。対象人物のことを徹底的に観察し、仮説を立て実証することで初めてその人物の癖が露見する。それをTはやってのけたらしい。

   私自身他人の癖には無頓着だが、特定の癖を持つ人間には過敏に反応する節がある。それは「喋るとき目を瞑るやつ」だ。無意識にだろうか、喋りながらどんどんどんどん目が閉じてゆく、会話の合間には目が明くのだが、喋り出すとまた目が細くなり閉じてしまう。ただ、その癖に気付くのは、私がその人の目を見て話す機会がただ多かったからであり、観察とは言えない。

   以下にTが人間観察能力で発見した同僚の癖を紹介する。癖名を初めに紹介するので、一体どんな癖か想像してほしい。

 


Case1吉田さん(仮名)癖名すんすん

   Tのデスクの隣に座っている彼女は、芸術肌のどちらかというと不思議系な女性だ。

   ある日、Tが向かい側に座っている同僚Oと会話していると、視界の端に動く影に気が付いた。ふと横を向くと、吉田さんが小刻みに顔を上下させているのだ。その時はあまり気にも留めずOとの会話に戻ったTだが、会話が盛り上がれば盛り上がるほど、吉田さんの顔の動きが激しくなるらしい。

   そこで、Tは人間観察した。あえて、少し大きめの声でOと会話をする。そして、意識は吉田さんに集中するのだ。すると、吉田さんは、彼らの会話の合間に小声で

「すん すん」

と相槌を打っていた。時には、その会話に合わせて顔をほころばせる時もあるのだ。間違いない。彼女は聞いている。そう思ったTは、直接その現象を吉田さんに聞いてみたらしい。が、彼女に相槌を打っている意識は全くなかった。つまり、Tの会話は吉田さんの精神世界に何らかの方法(耳)で到達し、そこで彼女が無意識に創りだされた人格と呼応し、表面上に「すんすん」となって表れている、と仮定できる。吉田さんは多重人格の可能性があり、生粋の寂しがり屋なのかもしれない。

 

 


Case2太田さん(仮名)癖名はい

   先ほどTと会話していたO、彼が太田さんである。

   彼はとても実直で真面目な人物だ。先輩からの指導や助言にも、一つひとつ丁寧に

「はい!…はい!」

と気持ちのよい相槌をうつらしい。

 

   ここからは、私がTにその癖を聞いて、実際に太田さんと話した会話の流れをご覧いただこう。

ねこ「…について…なんですが」

 

太田さん「はい!」

 

ねこ「…は…ですよね?」

 

太田さん「はい!」

 

ねこ「…で…が…ということですか?」

 

太田さん「はい!」

 

ねこ「やっぱり…じゃないですか?」

 

太田さん「はえ。」

 

ねこ「?」

       「わかりました。…は…でやっておきます」

 

太田さん「へえ」

 

 

へえ。間違いない。

   彼は、会話が長時間になればなるほど声帯機能が疎かになり、「はい」が「へえ」に変わってしまう特殊体質の持ち主だ。部署内では、助言者の腹筋崩壊を避けるため、太田さんに対する長時間の指導・助言が禁じられているとかいないとか。

 

 


   それらの事実を知ってからというもの、私とTはお互いの癖を探り合う熱い戦いに身を投じている。いつかTよりも先に彼の癖を公表したいと思っている。

 

では。