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僕の猫舎

主に海外ミステリの感想を綴るブログです。

インテリたちの競演と怪演【感想】E.C.R.ロラック『悪魔と警視庁』

 

悪魔と警視庁 (創元推理文庫)

悪魔と警視庁 (創元推理文庫)

 

 

 


発表年:1938年

作者:E.C.R.ロラック

シリーズ:ロバート・マクドナルド警部14

 

   本作はインテリジェンス(知性)溢れるジェントルマン(紳士)である、マクドナルド警部による華麗な推理が楽しめる長編推理小説です。

   ロバート・マクドナルド警部はスコットランド生まれのロンドン警視庁主席警部。長身痩躯ではありますが、決して弱弱しくはありません。さらに音楽や芸術の造詣も深く、古典からの引用や専門家との会話の中から教養ある人物だという印象を受けます。スコットランドネタが数多く登場するのですが、残念なことにスコットランドについての知識に疎いため全てを楽しむことはできませんでした。

   マクドナルド警部について総評するなら、ミステリ評論家森英俊氏が解説で述べている部分が一番しっくりきます。

薀蓄を嫌みたらしくひけらかすヴァン・ダインのファイロ・ヴァンスとは違う、教養がにじみ出てくるタイプのインテリ。

   まさにインテリでありながら気取ることなく、紳士として洗練された物腰を感じる好人物。そんな人物が探偵を勤めるミステリなのだから、少なくとも読み物としては面白くないはずはありません。

 

   ではさっそく中身を見ていきましょう。まず、多くの読者が粗筋を先に知っているかもしれませんが、謎の発端が何と言っても魅力的です。あえてここでは紹介はしませんが、タイトル『悪魔と警視庁』と呼ぶに相応しい読書欲をそそる幕開けです。なるべく予備知識無に本書にチャレンジしてほしいところです。

   開始から10頁も経たないうちに怪異な事件の幕が上がると、次々とメインディッシュを彩る添えられた謎とキーパーソンたちが頭をのぞかせます。まずは濃霧のロンドンで事件の裏に起こった副次的な事件。そして、事件に密接に関係しているであろう個性的な登場人物たち。特に登場人物の一人は、ミステリ史上でも際立って知的かつ妖しくチャーミングな人物に思えました。その人物とマクドナルド警部の一種の知的闘争も本書の見どころの一つでしょう。

   そして、彼らが織りなす人間ドラマと事件の裏に感じられる悪意を源泉とした悪魔的な知性からは、ピリピリとした独特の緊張感、言い換えれば、怪奇やホラーからは決して感じられない、不思議で引き締まった切迫感が感じられます。

 

   雰囲気については概ね良好で読み易いのですが、中盤の展開はやや緩め。ただそれも、全体のボリュームの少なさから大きな障害になることはありません。そして終盤、計算高く練り込まれた手がかりと伏線から真実へと収束してゆくと、これぞミステリの醍醐味と言えるカタルシスがびりびりと感じられます。

   作者ロラックの推理作家としての高い知性と、作中のインテリたちの競演が、作品全体のレベルを引き上げているのは間違いありません。

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

 

 

 

   冒頭のひったくり事件から死体発見までの流れから既におびただしい演劇臭が漂ってくる。果たして仕掛けられた事件か偶発的なものか。

   計画的なものであればひったくりから計算に入っているだろうし、男女2人以上が関係しているだろう。偶発的なものなら、最初のひったくり事件は全く関係がなく、やはり元オペラ歌手・カリンガルの身辺に手がかりはあるだろう。ただカリンガルのキャラクターが矮小でどうも主要人物だという気がしない。巻き込まれただけか。

   どうせ被害者の名前は追々わかってくるだろうからあまり考えないでおこう。

 

   舞踏会の幹事であるミス・フィルスンが強烈な存在感を放っている。マクドナルド警部をしても一筋縄ではいかない強大な知性を感じる。彼女が犯人でも驚かない。そしてミス・フィルスンとの繋がりから漏れた容疑者と面識があるであろう3人の男性たちが登場するとまた物語が動き出した。

    姿を消したヴァーニアは怪しいが、自殺死体となって発見されたため容疑者からは除外。自殺の動機はありそうだが、殺されたとなると犯人を知っていたからか?

   やはり親友のハイズヴァランスそしてミス・フィルスンが怪しいか。キャラクターで言えば知的なハイズの方が有力だが決定的なアリバイがある。となるとヴァランスだが、容疑者としての資格は申し分ない。

   ミス・フィルスンは療養所に隠れていながら殺人ができるだろうか?

   思い出したが、被害者ペイターの元妻シーラはどうか。多少なりとも腕力を要する殺人だから女性は難しいかとも思ったが、可能性としては無くは無い。例えば最初にひったくりにあった女性がシーラだとすれば?また、舞踏会で金持ちの令嬢を演じていた可能性は?そしてその犯罪を庇っているのがミス・フィルスンなのではないか。

 

推理予想

シーラ

結果

惨敗

   ミス・フィルスンが犯人を庇っていたのは事実だったが、まさか愛する男性ハイズだったとは。そしてハイズはアリバイ工作の為代役を立てていたという。読み返してみると、代役の可能性について示唆(頁183)されていたり、ハイズの何とも大胆な独白(頁163)があったりと憎い演出の数々に気付く。

   再読して尚面白い本格黄金期の一作。

 

では!