ミステリかぶれ

かぶれる(気触れる) 1漆や薬品などの刺激で皮膚が炎症を起こし、赤くかゆくなる。まける。2 あるものの影響を強く受けて、その風 (ふう) に染まる。

 

   ミステリにハマって2年、読む本はその全てが推理小説の類いになっている。最近は、家でも「実は最近読んでるミステリで~」とか「この作家はもと鉄道技師で~」とか、会話の中心もミステリになってしまっている節がある。テレビを見ていても、世界仰天ニュースではそんなに仰天しなくなってしまったし、奇跡体験アンビリバボーでもアンビリバボーすることはほとんどない。  ちなみにunbelievableはun(否定)+believe(信じる)+able(できる)で“信じられない”が正解なので“アンビリバボーする“は間違った使い方である。

 

   ミステリかぶれの中でも、特に海外ミステリかぶれの私は、やはり、いつの日か原文で海外ミステリを読んでみたいなどと夢見たりしている。半年ほど前、ついに洋書で、シャーロック・ホームズ作品を手に入れた。今手元にないので確認ができないが、英語学習用に難易度が設定されたペーパーバックだったと思う。買った時は、そのボリュームの少なさと、そんなに高い数字ではない難易度指数を見て、すぐに一冊読み終えて長編小説なんかもばんばん原文で読めている自分を想像していたのだが、あれから半年が経った。未だ1ページも開いていない自分がここにいることに仰天している。

 

   そしてそんな洋書の存在すら忘れたつい1週間前。ブログのアイコンを変更しようかと画策しているときだった。

   当ブログ名≪僕の猫舎≫の由来がドロシー・L・セイヤーズの作品に登場する、架空の調査組織名ということは既に知っておられるだろうが、突然原文ではどうなっているのか気になった。

   Google先生の助けも得て、ひたすら「僕の猫舎 英語」とか「僕の猫舎 原文」を検索したり、英語版Wikipediaセイヤーズの記事を参照して≪僕の猫舎≫が原文ではどのように表現されているのかを調べてみた。結果、My Cat Houseが一番近いようだが、そんなもの調べなくてもわかる。そしてダサい。

   忍耐力が足りないのはわかってたが、50サイトほどを調べまわってしっくりくる回答が得られなかった私は、この情報過多とも言われるネット社会に呪いの言葉を吐きながら、Amazon先生の門扉をたたいた。そこで案内されたのはKindle教への入信だった。honto教を信奉していた私は若干の抵抗があったが、最後には知識欲が勝利した。Kindleの教えを受け容れAmazonからドロシー・L・セイヤーズの長編推理小説『毒を食らわば(Strong Poison)』をダウンロードする。金額は関係なかった。ドルが何円か知らないし。

   たぶんダウンロードに至った胸の内には、もはや≪僕の猫舎≫が原文ではなんと書かれているか、ではなく、初めて長編推理小説を原文で読める、という期待と興奮がはち切れんばかりに詰まっていたに違いない。

   セイヤーズ女史との、時空と媒体を超えた精神的な交わりを想像し胸が高鳴る。邦訳を読んでいることだし、もしかすると未知の単語に触れても脳内で勝手に変換されるのではないだろうか。そんな淡い希望と抱いてアプリを開いた。

   暗号やないか。

   ドロシー・L・セイヤーズと書かれている箇所しかわからない。いや、よく見ろ。無数のDotothy L.Sayersが目につく。どんどんドロシー・L・セイヤーズが入ってくる。ああここにも、こんなとこにも。もういい、セイヤーズはもういい。≪僕の猫舎≫を見せておくれ。  

   CHAPTERⅤまでのページを足(手)早やに通り過ぎ、ついに発見した≪僕の猫舎≫、それがMy Catteryだった。なんて甘美で心打つ響きだ。マイ、キャッテリーかキャットリーかその中間だろう。どこか『マイ・フェア・レディ』のようなロマンティックな響きにも聞こえる。

   静かにスマホを置き、ページを閉じる。たぶんもうアプリを開くことはないだろう。まさか自分のミステリかぶれが$の無駄遣いを引き起こすとは…その瞬間、間違いなく私はアンビリバボーしていたと思う。

 

では!