あなたの食わず嫌いは本作で治る【感想】F.W.クロフツ『スターヴェルの悲劇』

発表年:1927年

作者:F.W.クロフツ

シリーズ:フレンチ警部3

 

   今まで『ポンスン事件』を除く、クロフツのノンシリーズもの3作と、フレンチ警部ものを2作順番に読んできました。

   読む度にクロフツの新たな魅力と欠点に気付かされるのですが、本作ではクロフツらしさ全開素晴らしい犯罪小説としての一面を堪能できるはずです。退屈な警察捜査ばかりだと思い込んで、クロフツを遠慮しがちなあなたの食わず嫌いを直してくれる作品になるでしょう。

 

 

まずは

粗あらすじ

劫火に包まれたスターヴェル屋敷で見つかった3体の焼死体と燃え尽きた大量の紙幣。一見、不運な火災事故だと思われたが、関係者から通報を受けたフレンチ警部が現場に赴くと、疑念は確信に変わる。事件の裏に秘められた悪意と天才的な犯人にフレンチ警部が挑む。


   主な事件の概要は、強盗放火殺人事件ということで、絡んでくる謎のあらましは見え易くなっています。焼死体の正体犯人の行方金の換金方法、これらの謎が複雑に絡み合い、相互に作用しあって、本作は構成されています。

   用いられるトリックや換金方法については、クロフツの熟慮の跡が見え、ディティールまでしっかり考えられた独創的な犯罪計画になっています。クロフツお得意のアリバイ捜査という点では控えめな印象ですが、燃え残った紙幣や粘土質の黄色い土をヒントに手がかりを探したりと、まるでホームズを彷彿とさせる捜査方法にはニヤリとさせられます。

 

   犯人については、後から考えると、なぜ気付かなかったのか不思議なくらい容易なはずなのですが、フレンチ警部の綿密な捜査過程にまんまと乗せられ、またクロフツの独特の語り口のおかげ(せい)もあって、がっつり騙されてしまいました。

 

   警察捜査ミステリのパイオニアとして、クロフツが推理小説界にもたらした緻密な捜査描写は、彼が思った以上にミステリの骨子と奥深いところで繋がっています。

一つひとつの地道な捜査が結実し、小さな真実に到達する。そして小さな真実同士を線で結んで行くと、最終的な真相(犯人)に自然とたどり着く。

   これがクロフツの考えていた独自の推理小説を書く上でのスタイルだったに違いありません。しかしながら、本作を通して感じるのは、そんならしさを忠実に守る中で、図らずも生じてしまった偶然の要素でした。結果的には必ずしも偶発的とは言えないのですが、さしずめ“鏡合わせのトリック”とも呼べる要素が本書の中核には存在します。やはりクロフツという作家へのステレオタイプだけで敬遠するのは勿体無いということでしょう。

   ただ、全体的には残念ながら時代の古臭さは否めず、焼死体の正体なんかは今ではDNA鑑定もあることだし、中々現代でも通用するとは言い難いのですが、そこらへんは大目に見てほしい部分です。

 

   もう一つ素晴らしいのは人間ドラマの部分です。これまたクロフツらしい、ありきたりなロマンスが発生するのですが、登場人物たちは思った以上にそのロマンスにのめり込んでいて、しっかりとミステリの部分に食い込んで上手く事件に巻き込まれています

   また、単純に読み物としてもクロフツ(フレンチ)節がさく裂していて、印象深い台詞も多いのも特徴です。

いくつか紹介しておきます。

頁208    ギャンブルにふければ借金が払えないことを知りながら賭博を続けるのは、窃盗に近い行為だ。

まさかクロフツから人生訓を学べるとは。

もう一つ

頁321   外国の都会はたしかにわが国の町をだめにする。

(捜査目的の)旅行ばっかりして、目が肥えてしまったフレンチ警部の一言。どこか哀愁漂う、大人な台詞です。

 

   以上、計画的にお膳立てされたサプライズが眩い推理小説としても、また密度の濃い犯罪小説としても、クロフツの初期の傑作と言って良い作品だと思います。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

 

 

 

   まずは典型的なヒロイン、ルースが登場した。この幸薄そうな彼女と建築家ウインパー青年のロマンスが物語の軸になっていると思われる。

   スターヴェル屋敷の主人サイモンもローパー夫妻もあまり好印象は持てず、彼らが死んだとしても何の感情も揺さぶられなかった。

 

   遺産は全てルースに受け継がれるかと思われたが、資産のほとんどは現金化され、火事で燃えてしまったという。しかも耐火金庫の中にいれていたにもかかわらず。これは怪しすぎる。

 

   まず、ルースとウインパーは動機がないため容疑者から除外だ。この時点で怪しむべきはローパー夫妻だろう。しかし2体もの焼死体のすり替えは困難か。そういえば、近隣住民のジャイルズが死亡しているから、ジョン・ローパーは彼の死体を使ったのかもしれない。

 

   そんな仮説を打ち立てたはいいが、フレンチ警部がなかなか追いついてこない…仮説を否定する要素が提出されないまま、延々とフレンチ警部の捜査が淡々と語られる。死体の発掘や盗まれた紙幣の換金方法等別基軸の展開は読んでいて面白いのだが、もうひと波乱欲しいところ。

   そのまま最終盤へ…

 

推理予想

ジョン・ローパー?

結果

惨敗

   やられた。ただの犯罪小説をタカをくくって油断してしまったのが運の尽き。読み返してみると、悉くフレンチ警部の裏をかいていたり、常に警察の一枚上を行く真犯人の情報量の多さから、疑って然るべき人物を全然疑っていませんでした。

   フレンチ警部には、次からしっかり情報管理と徹底的に関係者を疑う猜疑心を培ってもらいたいところですが、そんなフレンチ警部の抜け具合も、案外嫌いじゃなかったりします。

 

 

では!

ネタバレ終わり