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僕の猫舎

主に海外ミステリの感想を綴るブログです。

さらばヘイスティングズまた合う日まで【感想】アガサ・クリスティ『もの言えぬ証人』

 

もの言えぬ証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

もの言えぬ証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

発表年:1937年

作者:アガサ・クリスティ

シリーズ:エルキュール・ポワロ14


ヘイスティングズ大尉は、エルキュール・ポワロを語るうえで、絶対に欠かせない登場人物です。もちろん、ポワロシリーズにおける、ワトスン役という重要なポジションを担ってはいるのですが、調べてみると、ワトスン役として登場する回数が、思ったより多くないことに気付きます。

デビュー作『スタイルズ荘の怪事件』に始まり第2作『ゴルフ場殺人事件』、シリーズ随一の怪作『ビッグ4』、魅力的な犯人を据えた『邪悪の家』と『エッジウェア卿の死』、クリスティベストの常連『ABC殺人事件』そして本作『もの言えぬ証人』と続きます。

ただ、本作をもってヘイスティングズは、一旦長編推理小説から姿を消し、ポワロ最終作『カーテン』で表舞台に帰ってくるまで、30年近くもファンは待たされることになるのでした。『カーテン』が未読なので詳しいことはわからないのですが、勝手に『カーテン』はカーテンコールのようなもの(カーテンだけに)だと想像しているので、実質的なヘイスティングズ最終作だと思って、じっくり読ませてもらいました。

 

まずは

粗あらすじ

ポワロの下に老婦人エミリイから身辺におこる不可思議な事件の捜査依頼が届いた。しかし、いざ調査に乗り出してみると彼女は依頼が届く2か月も前に死んでいたのだった。はたしてエミリイは自然死なのか、それとも…事件の糸口をつかむため、ポワロはエミリイの飼い犬ボブに目をつけるが…

 

タイトル通り『もの言えぬ』犬のボブが手がかりとなって、事件の一端は明らかになるのですが、決定的な手がかりにはなり得ていません。中盤には一定の謎が解けてしまうので、どうも見かけ倒しというか、期待外れというか、あまりに期待しすぎるのは禁物です。また、少し想像を飛躍させて、“もの言えぬ証人”=死者エミリイと捉えることもできるかもしれません。彼女が生きている間に、ポワロとの会見ができていれば、すぐさま解決とまではいかなくとも、限りなく真相に近づけたに違いありません。しかし、そうなってくると物語として破たんしてしまうので、やはり、もの言えぬ証人はボブということでいいでしょう。

 

死者の言いたかったこと、伝えたかったことを汲み取るポワロ流の捜査自体は、本作でも健在で、灰色の脳細胞の卓抜した活動を堪能できます。ただ、解決部分だけが脇が甘く、爽快感が少ないのが惜しいところ。クリスティの作品群では、そんなに珍しい現象でもないのですが、構成やトリックがしっかり練られているのに比べて、貧相な解決編はご愛嬌という感じです。

ただし、クリスティお得意の人間ドラマは鮮やかで、感情を揺さぶられるに違いなく、改めて解決編を読み返してみると、ポワロの絶妙な言葉遊びも冴え渡っています。

 

話は冒頭に戻りますが、本作とヘイスティングズという関係を軸に読んでみると、従来の探偵ポワロと助手ヘイスティングズという安定したバディをしっかり成立させつつ、ヘイスティングズと犬のボブという新たなバディという視点でも、楽しく読めるミステリになっています。ヘイスティングズが登場する作品中、読者が最もワトスン役の醍醐味を味わえユーモアを楽しみ、気持ちよく本を閉じることができる、そんなヘイスティングズ無しでは読むことのできない貴重な一作でした。

 

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

 

 

なかなか良い出だし。

ポワロに依頼の手紙が届いたのが、依頼人エミリイの死後2か月後となると、証拠が残っている可能性は、かなり低いに違いない。

意図的な殺人であることは、ミステリを読む以上疑う余地はないが、一応事故死自然死も視野に入れておこう。となると本作の謎がなくなってしまうが…

 

容疑者は、エミリイ殺害の動機があるエミリイの親族と遺産の相続人ミス・ロウスンの中にいると言って良いと思う。可能性と機会は、全員にあるし、疑わしい言動も多すぎるので、決定的な証拠を見つけることが必要だ。

 

犬のボブがもっとミステリに絡んでくるかと思いきや、謎は早い段階で明らかになるし、ボブの一件があるからといって、ミス・ロウスンの疑いが完全に晴れるとは言い難い。犯人なら、それくらいの策は弄するだろう。

 

チャールズとテリーザの兄妹は互いに庇い合っているのが容易に想像できたし、遺言書の有無を巡っての一連の会話自体が動機を消滅させる論理的な証拠になっている。

 

残るはタニオス夫妻だが、夫の方は、ザ・悪人っぽく抑圧的な人物であるように描かれているのに対し、妻ベラの方は、一見、普通の子煩悩で愛情深い母親のようで、従妹テリーザに対する嫉妬めいた態度や夫に対する立ち振る舞いからは、特殊な焦燥感や精神の異常性が垣間見える気がする。またエミリイの死が毒殺であれば、統計上男性よりも女性の方が毒殺には向いているし、なにより医者である夫という“手段”も兼ね備えているので、ベラを第一候補にした。

 

ところどころで、エミリイが参加した降霊会が重要であるかのような描写が挿入されることから、同じ参加者のミス・ロウスンが関与している可能性は捨てがたい。どう関与しているかは、まったくピンとこないが…

第一の事件(階段の仕掛け)がミス・ロウスン以外の犯行で、それを親族の誰かの仕業だとけしかけて、エミリイに遺言書を書き換えさせ、第二の犯行(毒殺)を決行する。この流れなら、ミス・ロウスンもできないことは無いが、エミリイに遺言書を書き換えさせる、というのが確実性に欠けるので最有力とは言い難い。やはり、遺言書が書き換えられてことを知らない人物、つまりは親族内に犯人がいるという推理で良いか。

 

容疑者

ベラ・タニオス

対戦結果

勝利

やはり、はったりで決着というのが、納得できない部分です。心理的分析法と言えば聞こえはいいが、どうもソレ頼みな気もします。とはいえ、最後の一文まで、クリスティの楽しませる工夫が凝らされているので、全体的には満足でした。

 

 

 

では!