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僕の猫舎

映画・小説(主にミステリ)の感想を綴るブログです。

矢の家【感想】ーA.E.W.メイスン

A.E.W.メイスン ミステリ 小説

これはいい探偵。

 

矢の家 (1959年) (創元推理文庫)

矢の家 (1959年) (創元推理文庫)

 

 

 

発表年:1924年

作者:A.E.W.メイスン

シリーズ:アノー2


1910年の『薔薇荘にて』でフランス警視庁のアノーを生み出したメイスンは、10年以上もの月日を経てようやく第2長編『矢の家』を発表しました。

第1作目の『薔薇荘にて』は、シャーロック・ホームズを代表とする、超人的な頭脳を持つ名探偵による短編が中心だった時代からの脱却に大きく貢献しましたが、2作目との間隔を見ると(メイスンが生粋の推理作家じゃないことを差し引いても)必ずしも順調に執筆できたようには思えない部分もあります。

1924年以前には、クリスティ・クロフツセイヤーズといったミステリ界の新星たちが続々登場しました。特にクリスティの生み出したエルキュール・ポワロは、アノーとよく似たキャラクターということもあって、本家ながら肩身の狭い思いをしていたのではないかと想像できます。

しかしながら、満を持して発表された本作は、黄金時代の上昇気流に乗せられることで、ミステリ界の名作の一つに数え上げられるまでになりました。

 

さっそく粗あらすじ

数奇な人生を歩んだハーロウ夫人が死んだ。彼女の遺産相続に関する些細な諍いは、やがてその背後にある悪意に満ちた事件を浮き彫りにさせる。ハーロウ夫人の真の相続人ベティを守るべく現地に赴いた顧問弁護士ジムとパリ警視庁のアノーは協力して調査にあたるが、邸では未知の毒物が付着した矢の存在が明らかになり謎を深めてゆく。はたしてディジョンの街で暗躍する「鞭」とはいったい誰なのか?


風呂敷の広げ方はとてもいいと思います。ただし問題はその畳み方で、どうも尻すぼみ感は否めません。

未知の毒物をはじめとするミステリにおけるタブーと言われる要素のせいかもしれませんが、こちらは別にアンフェアということはありません。むしろ手がかりは最初から提示されており、論理的に犯人を推察することも可能で、ミステリとしての水準は保てています。

 

一番の魅力はもちろんアノーのキャラクターでしょう。

自信過剰でユーモアのセンスがあり、時に無邪気でお茶目だが徹底的に犯罪を憎む。事実を簡単には明かさず心のうちにしまっておくことが多い。

こう見るとやはりポワロと似ている部分も多いのですが、アノーの方がややリアリストであるように思えます。

作品数の差で比較することは困難ですが、はったりで犯人を追いつめることも多いポワロとは違って、アノーの論理的に実験と実証を重ね真相を究明する姿勢には好感が持てます。もちろん派手で演出好きなポワロにはポワロなりの良さがあって、どちらが良いということはありません。

 

またアノーのオシャレなせりふ回しの数々も印象的で、彼の台詞を読むだけでも、良いミステリを読んだ気にさせてくれるはずです。

少し紹介させてください。

われわれはどんなに秀れた者でも、『幸運の女神』の僕なのです。われわれの腕前は、『幸運の女神』の裳裾が一瞬目の前にちらついた時に、それをすばやく捉えることにあるのです。

運頼みという意味ではもちろんありません。探偵役に必要な真相に繋がる手がかりへの嗅覚、そしてそれを捉える敏捷性と実行力の大切さを説いたオシャレな台詞です。

 

もう一つは

動機というのは、読みにくい道しるべみたいなもので、これを読みそこなおうものなら、完全に迷子になってしまいます。

的を得まくり、簡潔で、センスがある。

後世の推理作家たちが指を咥えて、使いたがっただろう名台詞です。自分ももし推理作家になったら、「道しるべ」を「道路標識」に変えて使いたいくらい。さらに、本作の中では真相に辿りつくための重要なキーワードの一つに触れている点も見事としか言いようがないでしょう。

他にもニヤニヤしてしまう台詞は多々あり、是非再読して噛み締めたい一作になりました。

 

 

 

では!