他言は無用【感想】リチャード・ハル

発表年:1935年

作者:リチャード・ハル

シリーズ:ノンシリーズ

 

リチャード・ハルといえば『伯母殺人事件』と言う小説が有名なようです。残念ながら私は未読なのですが、推理小説の“ある括り”の中でも三大小説と呼ばれるほど高名な作品らしいですね。

 

一方、本作は、イギリスではお馴染みの会員制クラブが舞台。事件の発端もそんなに珍しいものでもなく、「なんだ、派手さも少ないゆるめのミステリか」とたかをくくっていたら、見事にしてやられました

登場人物の少なさからか、かなり早い段階で疑わしい人物が徐々に浮かび上がってハラハラするのですが、中盤以降、物語の形がガラリと変わり唖然とします。ある意味作者の潔さに脱帽です。

一つの作品の中で、読者の登場人物に対する視点がこうも180度変わる作品は珍しいのではないでしょうか。

 

前半部分は、いつも通り犯人探しの目線で探偵になりきって読めるのですが、後半からは視点を変えて読むことができます。

一口に探偵と言っても、それはクラブの幹事目線にもなれるし、給仕でも良い。もちろんクラブ会員になりきっても良いし、クラブに潜入した私立探偵でも面白いです。

ミステリのジャンルを唐突に変化させてしまう手腕も見事なのですが、それ以上に素晴らしいのは登場人物の心理描写です。

誰と誰、と名指ししてしまうとネタバレになりかねないので省略して書きますが、ある二人の勘違いとも言うべき思考の交錯がミステリに絶妙にマッチしており、まさしく後半部分の醍醐味と言えます。

お笑いコンビ、アンジャッシュのネタのような、と言えばわかっていただけるでしょうか(無理でしょうか)。彼らの勘違いネタは、二人の話題やそれぞれの身分(職業)といったものをお互いが勘違いをして勝手に話が進んでしまい、その勘違いがどんどんエスカレートしていくところに面白さがあります。さらにそれら勘違いが、たまにですが別々の意味で“合う”ため、笑いとは別の緻密に計算された部分にも驚かされます。

 

本作でも同じようにAとBのお互いの勘違いが引き起こす喜劇的な側面が楽しめ、勘違いから引き出される真実が最終的に“合う”ため、驚きと共に独特のカタルシスさえ感じます。

さらに前半部のお馴染みの推理小説らしい構成から、後半の著者が得意とするテクニカルな形式に転ずることで、前半部分の見方も少し変わってきます。長い前フリのような効果といってもいいでしょう。まさに後半の形式と推理における“勘違い”の要素が相乗効果となって作品全体の質を高めているのです。

また、タイトルと中身のギャップには洗練されたユーモアが感じられ、完成度の高さにも唸らされます。

 

ミステリ以外の要素についても、イギリスの会員制クラブに関する精巧な描写にも目を瞠るものがあり、堅苦しい表現もなく、会話もユーモアのセンスが随所に光っています。

読み易く、驚かされ、面白い。三拍子そろった佳作です。

 

では!