発表年:1931年
作者:ジェームズ・ヒルトン
シリーズ:ノンシリーズ
本作はイギリスの小説家ジェームズ・ヒルトンが書いた推理小説なのですが、このヒルトンという作家、推理小説界ではあまり有名ではありません。それもそのはず、彼の本分は『チップス先生さようなら』を代表とするイングランドの美点を強調する文学であり、冒険小説や戦争を題材にした人間ドラマだからです。
しかしそんな彼が後に何度も映画化されるようになった名作文学『チップス先生~』を書くことができたのは、本作の経験があったからかもしれません。舞台が同じパブリック・スクールであることだけではなく、閉鎖的な学校内で起こる人間ドラマや子どもと大人たちとの関係など想像力を膨らませることはあったはずです。
本作の探偵は、事件の舞台となるパブリック・スクールのOBで、文学で生計を立てている青年コリン・レヴェル。以前出身大学で起こった盗難事件を見事な手腕で解決した功績があり、その話を聞きつけたパブリック・スクールの校長から、校内で起こった不可解な事件の捜査を依頼されるところから物語は始まります。
事件の発端となるインパクトのある死が強烈です。また創元推理文庫の表紙に描かれているイラストもかなり印象的です。
起こった怪事件が果たして意図的に起こった事件なのかそれとも不運な事故なのか、その調査だけでも一筋縄ではいかず、素人が探偵することで生じる手詰まり感が良い方向に作用しています。
さらに限界かと思われたところで発生する第二の事件以降は、警察の介入や、登場人物たちの織りなす人間ドラマがミステリに巧妙に絡み、しっかりと本格ミステリらしくなってきます。
伏線の張り方も秀逸で、怪しく見える人物たちに全て論理的な説明されるため、ミステリの玄人ファンを概ね納得させるのではないでしょうか。また今ではありきたりな展開になってしまっていますが、探偵自身(≒読者)を欺くトリックも効果的に用いられており、犯人当て以外にもサプライズはしっかり用意されています。
一方で犯人の見え易さは、強く感じるところで、そこが素人探偵の限界なのかもしれません。
しかし、忌み嫌うべき、自己中心的で悪を体現したかのような卑劣な犯人を暴く結末部に至っても、最終的には清涼感を感じるオチに辿りつく点からは、作家としてのヒルトンの高い能力が感じられます。
それだけ読後感も良く、不満点も少ない作品なのですが、残念ながらヒルトンの書いた長編推理小説はこの一作のみ。噛みしめて読まないといけません。
では!