毒入りチョコレート事件【感想】アントニイ・バークリー

発表年:1929年

作者:アントニイ・バークリー

シリーズ:ロジャー・シェリンガム

 

 

あらすじ

ロジャー・シェリンガム、アンブローズ・チタウィック氏を含む「犯罪研究会」を構成する6名の各分野における著名人は、スコットランド・ヤードのモレスビー警部が提供する未解決の難事件“毒入りチョコレート事件”を各自が1週間をかけて調査し、一晩に一人ずつ推理を披露することになった。

“毒入りチョコレート事件”の登場人物は、レインボー・クラブの会員ユーステス卿とベンディックス氏、そして彼の妻であるベンディックス夫人のたった3人。ユーステス卿あてに届いたチョコレートの試供品をベンディックス氏が譲り受け、妻と共に食した後、夫妻は中毒症状を発症、夫は一命を取り留めたが、夫人は死亡してしまった。

果たして誰が毒入りチョコレートをユーステス卿に送ったのか?その真の目的とは?


本作のテーマの一つは、紛れもなく複数の探偵による“多重解決”なのですが、それ以上に魅力的なのは、開始70頁弱で披露される一つ目の“解決”を皮切りに、本書の大部分を占める解決編です。

シンプルな事件であるにもかかわらず、探偵たちによって紐解かれる事件の真相(仮)は、どれも多種多様でありながらどこか現実味があり、意外(すぎる)結末に笑ってしまうことも。

 

また、なにげない証言や物証がミスリードになっているのではなく、一つ一つの事件の解決編自体が読者を悩ますミスリードになっている点も見事で、それらが伏線である上に、手がかりとしても機能しているため、“多重解決”というテーマを楽しむことができるのはもちろん、「犯罪研究会」の面々によって叩き上げられ、収束するたった一つの真相も、より一層感慨を覚えるものになっています。

 

本来多重解決とは、

一人の探偵が複数の手がかりをもとに、推理を構築し、破壊し、また再構築する過程を、複数人で別個に行わせること

だと思っているのですが、本作では、6人の探偵たちが推理することこそがミステリの核になっています。つまり、多重解決が推理小説の可能性を広げるため、もしくは従来の探偵像の批評的精神から選択されただけではなく、“多重解決”を選択した必然性こそが本作の特異な点なのでは無いでしょうか。

 

ただ、本作は作者の代表作でありながら、その実は、オーソドックスな推理小説を読んでいてこそ真に楽しめる作品かもしれません。

ロジャー・シェリンガムの“迷”探偵としての立ち位置もあわせて、推理小説におけるアクロバティックな妙技を楽しむには、オーソドックスなものをまず読んでおくのをおススメします。

 

では!