恐怖の谷【感想】アーサー・コナン・ドイル

発表年:1914年

作者:アーサー・コナン・ドイル

シリーズ:シャーロック・ホームズ

 

 

本作は、『緋色の研究』や『四つの署名』と同様に2部構成となっていますが、本作ほど2部構成の醍醐味を味わえる作品は少ないでしょう。

1部では事件の発端から解決まで、2部では1部の事件の遠因が語られるのは従来通りですが、1部から2部への移り変わりに際し、ワトスンを通して紹介されるその語り口がなんとも精妙で興味をそそるものになっています。

これは作者の円熟を感じさせるもので、続く2部の内容もその手腕が存分に発揮され、2部だけでも一つの小説として楽しむことができる程です。

 

本作の特徴としては、まず本作が実在の事件をモデルにしているということ(2部)、そして、1部・2部に同じ仕掛けが施されていることです。モデルになった事件は“モリー・マグワイヤーズ”というアメリカペンシルバニア州の炭鉱地帯に実在した秘密結社を中心に起こるもので、その結末も大筋同じようなものです。

時代は1870年代後半、アイルランド系アメリカ人の坑夫たちが実業家たちによる搾取に対抗するための“労働組合”的な側面も持ち合わせていたようで、100年以上経ってしまった今では、どちらが正義だったのかは単一の視点では結論は出ないでしょう。

このようにコナン・ドイルによる脚色も多少はあったでしょうが、イギリスに居ながらにして、アメリカ北東部の苛烈な気候や風土が細かに描かれているのは素晴らしい点です。

 

もうひとつ1部・2部に使われているある仕掛けについては、ネタバレになるため詳細は省略するとして、ただ単に2部が1部の背景を描くという目的だけでなく、1部の犯人が殺人犯を選択した心理的な理由を描くためだった、と考えると、物語の奥行もぐっと増す気がします。

 

また実在の事件と、架空の事件を絶妙に繋ぎ合わせ、一つの物語にしてしまうあたりに、歴史小説の名手としてのコナン・ドイルも垣間見たようです。

ただ、2部の重厚さに比べて1部がやや弱い印象を受けます。さらにモリアーティ教授の絡みの少なさも残念です。

 

たしかに年代や台詞の矛盾が何点が見受けられますが、そんなものはシャーロック・ホームズにかかっては謎でもなんでもなくなってしまいます。

そんなホームズの意外な手腕も堪能できる作品です。

 

では!