発表年:1928年
作者:ドロシー・L・セイヤーズ
シリーズ:ピーター・ウィムジィ卿4
前作で良くも悪くも“普通の”名探偵と化したピーター卿が本作では、うって変って会心の活躍を見せます。
まず提示される謎が魅力的です。詳細は省略しますが、舞台はタイトルにもあるとおり、ベローナ・クラブという会員制のクラブ(同じ趣味・興味をもつ紳士たちが集う団体)。
そもそもこのクラブという存在自体、私たち労働者階級には馴染の薄いものですが、それ自体が本作に特異な作用をもたらしています。
つまり、私たちが芸能界のスキャンダルに一喜一憂し、直接関係もないのにツイッターで批判してみたりするのによく似ています。興味があるのです。
そしてさらに、スキャンダルに対して、あーだこーだと口を出したくてたまらなくなるものなのです。しかしそれは、対象となる人たちにとって甚だ迷惑で「不愉快」であるに違いありません。
そういった双方の人間描写が、本作では正確に、そしてユーモラスに描かれています。
上流階級の世界をただ傍観すれば良かった第2作『不自然な死』とは違い、本作ではどちらの立場になって読んでも楽しめるでしょう。
そして、レギュラーキャラクターたちの登場は少なくても、個性あふれる女性たちが本作には登場します。
シェルショックで苦しむ夫を献身的に支える慈愛に溢れる妻、不美人で不器用だがその実は純粋に愛を求める実直な相続人、芸術肌で個性的だが男性のくだらない冗談も心から笑える純真で快活な彫塑家。ベローナ・クラブに登場する頑固で融通の利かない欠陥だらけの紳士たちと対比すると、彼女たちの素晴らしさはなお引き立ちます。
一方でミステリの観点から読んでみると、死後硬直に関する謎は、推理小説初心者の私にとっては目新しく刺激的で、プロットの斬新さ豊富さにも目を瞠るものがあります。
しかし、謎が魅力的なだけにその解決編は少々物足りない部分もあります。一つ目の謎は論理的に解かれるのですが、もう一つの謎が提起されてからのテンポの悪さは否めません。
物語の結末もうーんと首を傾げてしまいます。このラストをとる推理小説は多々あるのですが、どうしても好きになれません。結局到達する地点は同じなのだから、どちらでもいいという意見も理解できるのですが……
あと気になるのは、犯人を追いつめる物証の少なさでしょうか。調べる方法はいくらでもあっただろうし、論理的に真相を究明する過程も十分描けたようにも思えるのですが、敢えてそれらを書かなかったのでしょうか。
最終章の少し前に真相はある程度明かされるわけで、セイヤーズが描きたかったのは、紳士のみの団欒の場であったクラブという存在への皮肉か、愚かな男性への抽象的な批判か、対比して描かれる女性的な美しさか、ピーター卿という男性の理想像の投影か、はたまたそれら全てか。
本作は、ピーター卿シリーズを前期・後期に分けると、前期の中でも最後の作品とされているそうで、次作以降卿の恋愛も書かれるようです。噛みしめて読んでほしい一冊でした。
では!