ゴールデン・フリース【感想】ロバート・J・ソウヤー

発表年:1990年

作者:ロバート・J・ソウヤー

シリーズ:ノンシリーズ

 

 

倒叙ミステリというと『古畑任三郎』や『刑事コロンボ』のように、まず犯人の視点で犯罪が行われ、その後も犯人視点で物語が進む形が一般的です。

 

本作もその多分に漏れず、ごく一般的な倒叙ミステリと同じように殺人シーンから始まります。ただ違うのは、犯人が超高度の人工知能を持つコンピューターであり、殺人現場は、その人工知能イアソンが掌握する宇宙船内だということでした。

 

冒頭から倒叙の持つ魅力を最大限に生かしスリリングに犯行の過程を描いていますが、所々ぼかした表現もあり、どうやって(ハウダニット?)、そしてなぜ(ホワイダニット?)人知を凌駕する人工知能が殺人にいたったのかがミステリの核となっていることがわかります。イアソンに対するのは、宇宙船内に居住する万を超す人類…ではなく、宇宙船の整備工で被害者の元夫であるアーロンたった一人です。

この到底勝ち目のないように思える戦いに、人はどう挑むのか?ある意味、密室や鉄壁のアリバイ以上に不可能犯罪に思える本格ミステリとなっています。

 

説明が遅くなりましたが、著者はカナダの「SF作家」ロバート・J・ソウヤーの処女作であり、本作もまぎれもなくSF小説です。

残念ながら、私は本格的な長編SF小説を読んだことはなく、読んだことがあるのは星新一の「きまぐれロボット」くらいなので(何歳になって読んでも面白い)、難解なSF用語やテクノロジーの名称、はたまた二進法や十六進法といった方法で書かれた暗号文などは、少々理解に苦しんだ部分がありました

しかし、ミステリ作品として本作を読んでみると、その緻密に練り上げられたプロットやトリックは素晴らしく、SFファンでなくても、SF要素とそれらが渾然一体となり、見事な調和を成していることがわかります。

 

舞台は、2177年の未来。宇宙船アルゴは、宇宙旅行都市計画(テラフォーミング=地球以外の惑星を人為的に人の住める環境に変化させること)のために地球から惑星コルキスへ向かっています。この高速航行はバサード・ラムジェットと呼ばれ、ここでは詳しく説明しません(できません)が、たぶん特殊相対性理論における早く動けば動くほど流れる時間が遅くなって、宇宙船内の時間の流れにくらべて出発地の地球の時間の流れは何倍にもなっている的なことに関係すると思うんですがあってます?

つまり、人工知能イアソンによって快適に整えられ、高度な科学技術で管理されながらも、宇宙船内の人びとが、惑星コルキスに到着し、再び地球に戻るころには、身内は全員死んでいる、という想像以上に過酷な任務だということです。このSF要素がミステリにしっかり絡んでいて、人工知能による殺人という独創性溢れる設定との相乗効果で面白さは、それこそ加速度的に増します。

 


なんといっても、古今東西の知識を蓄え、驚異の演算能力を持ち、宇宙船の支配者でもあるイアソンにどう人間が立ち向かうのか、が見どころです。

普通の人間の犯人なら、探偵役が真相に近づきつつある状況を打破しようとする時、偽の情報を掴ませたり、物証を用意したり、疑わしい人物に誘導したり、さらにはもう一つ殺人を犯したりします。イアソンの偽装工作は、これぞSF!と唸らされるものであり、普通の推理小説では真似できない唯一無二のものなので、この点は、是非とも実際に呼んで驚いてほしいです。

そして、そんな完璧にも思える人工知能に、アーロンはいかに立ち向かうのか。アーロンとイアソンの直接対決は手に汗握る一騎打ちであり、堂々と正攻法で戦いを挑む人間に読者は感情移入し、物語に引き込まれます。

一方、徐々に追い込まれるイアソンの人間臭さ(おかしいけど)は、どこか親近感がわくもので、後味も清涼です。

 

ゴールデン・フリース(黄金の羊毛=ギリシャ神話に出てくる秘宝)をめぐって人類が選択する一つの結論は、SF小説・推理小説というジャンルを超えて奥深く、心ひくもので、本作のスケールの大きさを再度思い知らされるでしょう。

他のSF作品も通読し、SF用語も勉強して再読したい作品でした。

 

では!