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僕の猫舎

映画・小説(主にミステリ)の感想を綴るブログです。

なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?【感想・雑記】ーアガサ・クリスティ

 

なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 死の間際に何を話すのか、これってすごい重要なことですよね。

「愛してる」だとか、「いい人生だった」とか遺された人たちに伝えるメッセージがあればいいですが、やり残したこととか、悔やまれることがあれば、その最後の言葉は必然的に悔恨の念が込められた悲痛なものになるに違いありません。

 「居間…畳、北から2枚目の裏…」とか、「徳川…埋蔵金…継承…屋根裏部屋…」とかならいいな(良くないか)と妄想しながら、本作へと参りましょう。

 

本作は、1934年にアガサ・クリスティが発表した長編小説第15作。

かの名作『オリエント急行の殺人』の次に発表された本作は、先の作品とは違い、眩いほどの青春小説です。

牧師の四男坊で元軍人のボビィが遭遇した一見転落事故に見える死亡事件。死亡した紳士が、今際の際に発した『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか』という一言が彼を事件に巻き込んでいきます。彼の幼馴染で伯爵令嬢のフランキーは、持ち前の強い好奇心と、冒険心から自ら彼と共に事件に首を突っ込み、謎の究明に協力します。

 

今作はクリスティ長編で初めてではないかと思われるダイイングメッセージを用いた事件です。死亡した紳士が発した最後の言葉がなければ、事件は、文字通り闇の中に葬られていたことでしょう。

このダイイングメッセージには、3つの問題があります。

1つは「『エヴァンズ』とは誰か?」

2つ目は「『何を』エヴァンズに頼まなかったのか?」

そして「『なぜ?』が何を意味するのか?」

これら3つの難解な疑問を、全て解き明かすのは物語終盤になってからなのですが、それまで中だるみもなく、スリリングにエキサイティングに物語が進んでいきます。これこそこの作品の素晴らしいところです。

一点苦言を呈するなら、アガサ・クリスティの冒険推理小説ではほとんどの作品で、主人公たちが変装し、どこかに侵入しますが、その度に頭を殴られては気絶し、窮地に陥ります。いくら主人公補正がかかっているとはいえ、ああも都合よく気を失うものでしょうか?ちなみに、私は妻に延髄を手刀でテイっとされただけで、気を失いかけたことがあるため危険度はよくわかります。とはいえ、頭なら頭蓋骨もあるし幾らか安全だと思うんですが、どうでしょう?

 

物語の結末については、賛否両論あるでしょうが(ちなみに私は否)、本当にそれでいいのか?という疑問は永遠に残ります。私にはどちらかというと「魅力的な犯人」というより「卑劣な犯人」というイメージに映りました。そしてその事態にも納得してしまう、ボビィとフランキー2人の若さと青さが今作の魅力なのかもしれません。わんぱく坊主とお嬢様というバディは、読んでいてとても楽しく、ダイイングメッセージとの組み合わせも秀逸で、スピーディに読み進めることができたのも良かったです。

 

話は逸れますが、ダイイングメッセージは英語で“Dying Message”のとおり被害者が死の間際に残した何らかのサイン・メッセージのことであって、決して、家に帰ったら、テーブルの上にある「カレー冷蔵庫にあるから温めて食べてね。洗濯物取り込んでおいて」といったダイニングメッセージのことではありません。

 

 

 

では!